東京地方裁判所 平成10年(ワ)29305号 判決 1999年9月13日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金四二二万八一〇〇円及びこれに対する平成一〇年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が被告に対し、税理士職業賠償責任保険契約に基づき、保険金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
1 税理士である原告は、平成七年七月二七日、日本税理士会連合会を保険契約者、被告及び東京海上火災保険株式会社を保険者、原告を被保険者として、被保険者が、日本国内において、税理士としての業務の遂行にあたり、職業上相当な注意をしなかったことに基づき提起された損害賠償請求について法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する旨の税理士職業賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)に加入した。本件保険契約は以後毎年更新され、平成一一年七月一日が保険期間の終期となった。本件保険契約においては、被告が幹事会社として、保険金の支払その他の対外的保険業務を担当する。
2 本件保険契約においては、賠償責任保険普通保険約款に加えて税理士特約条項が適用され、税理士特約条項五条には、<1>保険者は、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、延滞税、もしくは利子税又は過少申告加算金、不申告加算金もしくは延滞金に相当する損害についてはてん補しない旨(同条一項。以下「本件免責条項一」という。)並びに<2>保険者は、納税申告書を法定申告期限までに提出せず、又は納付すべき税額を期限内に納付せず、もしくはその額が過少であった場合において、修正申告、更正又は決定(以下「更正等」という。)により納付すべきこととなる本税等の本来納付すべき税額の全部又は一部に相当する金額につき、被保険者が被害者に対して行う支払についてはてん補しない旨(同条二項。以下「本件免責条項二」といい、「本件免責条項一」と合わせて、単に「本件免責条項」という。)の定めがある。
3 原告は、有限会社サウザンドヒロミ(以下「被害会社」という。)から委託を受け、平成八年一一月三〇日に終了した会計年度及び平成九年一一月三〇日に終了した会計年度(以下「平成九年一一月期」などという。)について、消費税の申告手続をしたが、その際、一般課税方式によることが被害会社にとって有利であると判断し、右判断に従って、平成八年一一月期について申告税額を二五万二八〇〇円、平成九年一一月期について申告税額を消費税分六六万〇九〇〇円、地方消費税分一六万〇四〇〇円として、消費税の申告手続をした。ところが、被害会社は過去に消費税について簡易課税制度を選択しているから、その取り止めをしない限り、簡易課税制度により税額を算定すべきところ、右申告時までに右取り止めの届出はされていなかったため、足立税務署長は、平成一〇年五月二八日、平成八年一一月期について本税を二二九万九四〇〇円、過少申告加算税を二八万一〇〇〇円、平成九年一一月期について本税を消費税分二一四万六一〇〇円、地方消費税分三六万四七〇〇円、過少申告加算税を二一万一〇〇〇円とする旨の更正並びに加算税の賦課決定をした(以下、申告税額と更正及び賦課決定による税額との差額を「本件差引納付税額」という。)。
4 被害会社は、原告の行為により、平成八年一一月期について増額された本税分二〇四万六六〇〇円及び過少申告加算税二八万一〇〇〇円、平成九年一一月期について増額された本税分一六八万九五〇〇円及び過少申告加算税二一万一〇〇〇円の損害を被ったとして、平成一〇年六月一五日頃、原告に対し、右金額合計四二二万八一〇〇円の支払を請求した。
二 争点
1 被告は、本件差引納付税額のうち過少申告加算税部分に係る損害は、本件免責条項一にいう「過少申告加算税・・・に相当する損害」に、本件差引納付税額のうち過少申告加算税を除く部分に係る損害は、本件免責条項二にいう「納付すべき税額・・・が過少であった場合において・・・更正・・・により納付すべきこととなる本税・・・に相当する金額につき、被保険者が被害者に対して行う支払」にそれぞれ該当するから、本件差引納付税額に係る損害についてはすべて本件免責条項が適用され、被告はてん補の責任を負わないと主張する。
2 原告は、過少申告加算税又は更正により納付すべきこととなる本税に係る損害であっても、これが本来納付すべき税額に係る損害でない場合には、右損害について本件免責条項は適用されないと解すべきところ、本件のように、税理士の過失により税法に従って適法に算定される税額が増額した場合については、右過失がなかった場合に税法に従って適法に算定されたであろう税額と右過失により算定されることとなった税額との差額は、本来、納税者が納付すべきものではないから、それが形式的には更正等により賦課されることになったとしても、本来免責条項の適用はないと主張する。
3 本件の争点は本件免責条項の解釈である。
第三 判断
一 本件保険契約について税理士特約条項が適用されること並びに税理士特約条項五条に、<1>保険者は、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、延滞税、もしくは利子税又は過少申告加算金、不申告加算金もしくは延滞金に相当する損害についてはてん補しない旨(本件免責条項一)及び<2>保険者は、納税申告書を法定申告期限までに提出せず、又は納付すべき税額を期限内に納付せず、もしくはその額で過少であった場合において、修正申告、更正又は決定(以下「更正等」という。)により納付すべきこととなる本税等の本来納付すべき税額の全部又は一部に相当する金額につき、被保険者が被害者に対して行う支払についてはてん補しない旨(本件免責条項二)の定めがあることは当事者間に争いがない。
また、原告が本訴において本件保険契約に基づきてん補を求める損害が、「更正により納付すべきこととなった本税」の一部及び「過少申告加算税」に相当する損害であることは、その主張自体から明らかである。
二 原告は、本件免責条項は、過少申告加算税又は更正により納付すべき本税に係る損害であっても、これが「本来納付すべき税額」に係る損害でない場合には適用されないと解すべきところ、本件のように、税理士の過失により税法に従って適法に算定される税額が増加した場合については、右過失がなかったとした場合に税法に従って適法に算定される税額と右過失により算定されることとなった税額との差額は、本来、納税者が納付すべきものではないから、それが形式的には更正等により賦課されることになったとしても、本件免責条項の適用はないと主張する。
しかしながら、右解釈は、以下の理由により、採用することはできない。
まず、「本来納付すべき税額」の文言は、過少申告加算税等に係る損害ついての免責を定めた本件免責条項一の中には存在せず、過少申告加算税に係る損害について原告主張のような解釈の余地がないことは右免責条項の文言上明白である。
次に、本件免責条項二にいう「(申告税額)が過少であった場合において・・・更正・・・により納付すべきこととなる本税」が「本来納付すべき税額」の例示であることは右免責条項の文章構造から明白であり、「申告税額が過少であった場合に更正により納付すべきこととなる本税」の中に「本来納付すべき税額」と「そうでない税額」が存在することを前提とする原告の解釈は、右条項の文章構造上採用することができない。
また、税理士の過失により税法上申告・納付すべき税額が増加した場合においても、増加後の税額を申告・納付すべきことはいうまでもないところ、原告主張の解釈によれば、過失がなかった場合に納付すべき税額を申告し、その結果、更正がされ、又は過少申告加算税が賦課された場合において、右更正により増加した税額及び過少申告加算税額に相当する金額が保険により填補されることになり、税法上申告すべき税額を下回る税額の申告が行われる危険を増大させる結果を生ぜしめることとなる。(弁論の全趣旨によれば、本件免責条項の趣旨は、税務申告手続の委任を受けた税理士が納税者のために過少申告等を行い、後にそれが発覚し、本来納付すべき税額と過少申告等に基づき納付した金額との差額の納付を命じられた場合に、税理士に過失があるとして依頼者である納税者に追加納付することとなった金額の賠償をしたうえで、右賠償額について保険によるてん補の請求が認められるとすると、保険によりてん補されることにより、過少申告等が発覚した場合においても本来納付すべき税額を申告した場合と比較して不利益を受ける危険がないばかりか、過少申告等が発覚しない場合と同様の経済的利益を受けることになり、その結果、過少申告等の違法な行為を誘発し、ひいては申告納税制度の根幹を危うくするため、このような危険を防止するため、過少申告等があった場合には、不正目的の有無等の主観的要素の如何にかかわらず、保険によるてん補を行わないとするものであることが認められ、原告の解釈は本件免責条項の右趣旨と相容れないものといわざるを得ない。)
三 そうすると、原告が本訴においててん補を求める損害については、本件免責条項が適用され、被告はそのてん補の責任を負わないといわなければならない。